針子: 「鍼灸よもやま話」へようこそ!
今日は、鍼聖と呼ばれた杉山和一についてお話しするわね。
Q太: 聖って付くぐらいだから、すごい人なんですよね。きっと。
針子: まぁね。Q太君は鍼治療を受けたことはある?
Q太: 見たことしかないです。細い管に鍼を入れてトントンってするんですよね?
針子: それよ!その細い管を使って鍼を刺す方法。
業界用語では管鍼法っていうんだけど、それをあみだしたのが杉山和一なの。
Q太: 鍼って中国から来たと思ってました。
針子: もともとはね。ただ、中国から伝わったのは、捻鍼法といって、
細い管を使わずにプツッと刺す方法だったの。
Q太: なんだか痛そうですね。
針子: それを痛みなく刺すのが技術だったのよ。
でも、残念だけど杉山和一は手先が不器用だったの。
あまりの不器用さに師匠から破門されるほどにね。
そして実家に帰る途中で石につまずいて、転んでしまうの。
Q太: もう踏んだり蹴ったりですね。
針子: 茫然自失で、足元もフラフラしていたんでしょうね。
転んだ拍子に枯葉に包まった松葉に手をつき、葉が和一の手に刺さったの。
Q太: へーえ。
針子: へーえなんて言っているようではまだまだね。
和一はその時、電気が走ったそうよ。
Q太: 雷でも落ちたんですか?
針子: ひらめいたのよ!和一は枯葉に包まった松葉を見て、鍼を管に入れたら
不器用な自分にも痛みなく鍼が刺せるんじゃないかと思ったの。
こうして管鍼法は誕生したと言われているのよ。
針子: 今回は、鍼灸界の救世主、石川日出鶴丸先生についてお話ししましょう。
Q太: 日の出に鶴って、すごく喜ばしい字が並んだお名前ですね。
その日出鶴丸先生は、三重県の人なんですか?
針子: いいえ、明治11年(1878年)富山県で生まれたのよ。
東京帝京大学に進みその後、三重県立医学専門学校長になったの。
Q太: そんな学校聞いたことないなぁ…。
針子: 三重県立医学専門学校というのは、現在の三重大学医学部のことよ。
昭和20年(1945年)日本は戦争に負けて焦土となったわ。
そんな苦しい時、GHQによる民主化が進められ、鍼灸は「非科学的だ」
として禁止されようとしていたの。
その時立ち上がったのが、石川日出鶴丸先生だったのね。
先生は「科学的根拠を示せば、存続が認められる」と考えて奔走し、
関係者に「GHQから問い合わせがあれば、津の石川に聞くように」
と言ったそうよ。
Q太: 鍼灸を命がけで守ろうなんて、すごいことですね。
針子: 実際、GHQから15項目の質問書を受け取ると、2日後には回答書を作って
読み上げ、担当者をたいそう驚かせたそうよ。
さらに実際に鍼灸施術を見せ、
担当軍医から好評だったというわ。そして後日、GHQから石川先生宛に
鍼灸を認める旨の手紙が届いたの。
Q太: 起死回生ですね。
針子: ところで、石川先生の身の回りのお世話をしていた人が久居(現在の津市)に
いてね、先生が亡くなって30年後くらいから毎晩、その人の枕元に石川先生が
現れるようになったの。
それで思い立って白衣姿の石川先生の石像を
津市久居元町にある千手院賢明寺の本堂裏手に立てたのよ。
Q太: まさに鍼灸界の救世主ですね。
針子: 今回紹介する人物は、華佗。
鍼灸を知らない人でも知っているかもしれないわね。
Q太: あの、三国志の華佗ですか?
針子: あらQ太君、三国志を知っているの?
Q太: ええ。小説「三国志」での華佗は、関羽の腕を手術するシーンが有名です。
剛胆な武将の関羽は、平然と囲碁を打ちながら手術を受けたんですよ!
針子: 史実での華佗は、関羽の手術を行っていないの。
曹操に殺されたというのは事実だけど、殺された理由は全然違うわ。
Q太: えっ!そ、そうなの?
針子: でも、華佗が麻沸散という麻酔薬を使って、外科手術をしていたというのは
事実みたいね。
彼が生きた三国時代は、今から1800年も前だからすごいことね。
Q太: 僕もそう思います!
針子: 三国志の影響で“華佗=外科手術”というイメージが強いけど、
五禽戯(ごきんぎ)という健康体操や輸液(漢方薬)にも明るかったそうよ。
もちろん、鍼灸にもね。正史である『後漢書』方術伝や『魏書』華佗伝には、
その活躍ぶりが載っているわ。
Q太: やっぱりすごい人なんですね。
針子: おまけにひとつ教えてあげるわ。
実は治療のツボの中にも、華佗の名がついたツボがあるのよ。
Q太: ホントですか!?
針子: その名もズバリ“華佗穴”。
背骨の両側、第1胸椎から第5腰椎棘突起の
外側五分のところにあるの。
一説では、華佗は当時禁忌とされていた背部への
刺鍼を得意としていたようね。
Q太: 史書だけでなく、ツボの名前にまでなってしまうなんて、やはり神医ですね。
針子: Q太君もしっかり勉強してツボに名前がつけられるといいわね。
針子: 今回は暦についてお話しするわ。
Q太: 暦ってカレンダーのこと?
針子: そうよ。旧暦とか新暦とかって聞いたことある?
Q太: 聞いたことはありますけど、詳しくは知らないです。
針子: では、簡単に説明するわね。
旧暦は太陰太陽暦の一種で1892年(明治5年)12月まで、
約1200年にわたって日本で使われていた暦なの。
Q太: すごく長い歴史があって、日本人の季節感もそういうことの伝統なんですね
針子: 季節の移り変わりに合った自然暦なのよ。
新暦は太陽の動きが元になっているの。
これは、グレゴリオ暦をも呼ばれ、世界標準の暦だけど、
日本の伝統的な風習とは季節感にズレがあるのが難点ね。
Q太: へぇー、そうなんですね。
そういえば、梅雨の最中の6月のことを「水無月」というのはなんでだろう?
と思っていました。
針子: それは改暦後の矛盾よ。
新暦と旧暦との季節に1か月以上の誤差があるのに、
それを無視した結果だからよ。
Q太: なるほど。そういうことか。
針子: 新暦のほうが旧暦よりも1か月以上も早く、旧暦時代は5月が梅雨で、
6月はカンカン照りの盛夏だったので「水無月」となったそうよ。
Q太: 1月1日から節分の2月3日までに生まれた人は、なぜ前年の干支になるかも
不思議でしたが、それもこの矛盾によるものなのですね。
針子: そうよ。立春(2月4日)が旧暦では正月だからね。
Q太: いままでわからなかったモヤモヤがすっきりしました。
針子: 鍼灸の治療にも、陰陽五行説という考え方の中に、
この季節の治療法を組み込んでいるのよ。
Q太: 季節に応じた治療法ですか。
針子: そう。例えば、春の陽気に影響されやすい臓器、感情などがあるのよ。
それらを問診と季節の動きを見ながら治療に活かすの。
Q太: まさに、からだ全体を診て全身を治療するのが鍼灸治療なんですね。
針子: そう、根本から健康にしようとする医療なのよ。
~『おくのほそ道』にみる 足三里の“旅”効能~
針子: 月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり…
Q太: 何ですか?それ。
針子: 松尾芭蕉の『おくのほそ道』。知らないの?
Q太: 知ってますよー、松尾芭蕉くらい。俳句を詠む人ですよね、三重県出身の。
針子: ご名答!芭蕉は元禄時代に活躍した伊賀出身の俳人よ。
その芭蕉が四十代半ばのころ、お弟子さんを連れて東北から北陸を巡る
長い旅に出たのよ。
『おくのほそ道』は、六百里(2400キロメートル)を
踏破したその旅の様子を、俳句で綴った一大紀行記なの。
Q太: 2400キロメートル!?
まさか車も電車もない時代に…もちろん歩いてですよね。
針子: そうよ。当時の40代にしては、たいした健脚よね。
Q太: あっ、授業で習った気がする。長旅の前にお灸をしたとか…
針子: またまたご名答!『おくのほそ道』の中で芭蕉は、
『もも引の破をつづり、笠の緒付けかえて、三里に灸すゆる』と書いているわ。
でも、よく覚えていたわね。
Q太: 足三里にお灸をすると、健脚になって三里歩けるんですよね。
お菓子のキャッチフレーズみたいだなぁと、ずっと思ってたんです。
『一粒で300メートル』って。
針子: たしかに足の三里で、健脚になるかもしれないわ。
でも、芭蕉が足三里に灸をしたのは、健脚だけが目的ではなさそうなのよ
Q太: えっ!?それって、どういうこと?
針子: 足三里は、“足の陽明胃経”といって、胃腸にも効くツボなの。
明の時代に書かれた鍼灸の古典にも『吐腹は三里に留む』とあるわ。
芭蕉は旅立つにあたって、お腹の調子を整えておこうと考えたんじゃ
ないかしら。
Q太: そうかぁ。今でも旅行に行くとき、胃腸薬とか持っていったりしますもんね。
ツボって筋肉だけじゃなくて、内臓にも効果があるんですね。
針子: そう!勉強になったでしょ?じゃあ、その調子で一句ひねってみて。
Q太: ええーっ!?勘弁してくださーい。
NHK大河ドラマ「真田丸」でもお灸のシーンがありましたが、灸は中国から伝わった伝統医学で、奈良・平安時代にはすでに公家の間で用いられていました。
16世紀の漢方医で織田信長、徳川家康などに重用された曲直瀬道三が編纂した「針灸収要」があり、当時の新しい中国医学を日本に導入し、多くの針灸の本を著しました。
江戸時代の儒学者、貝原益軒は庶民への啓蒙的養生書「養生訓」があり、灸の効用、製法、施灸後の注意点などが細やかに記述された健康マニュアル本として広く知られていたようです。
江戸時代を築き上げた家康は、自身で薬を調合するなどさまざまな健康法を取り入れていたようで、今で言う「健康マニア」だったのかもしれません。それゆえに平均寿命が三十代後半の時代に75歳まで長生きしたのでしょう。
その家康が、生涯に一度生死に関わる大病にかかったことがあるといいます。当時死亡率の高かった瘧(※おこり)という病気ですが、灸の治療を行って命を取りとめたといわれています。もしもお灸がなかったら歴史が変わっていたかもしれませんね。お灸って素晴らしい!
(※マラリアの一種)